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てつるぶろぐ

仮住まいなう

ほんまに来た。

前にちらと書いたけれど、flickr!の方で「写真使ってもいい?」とコンタクト取ってきたイギリスの環境保護/動物愛護団体とやりとりしているうちに、「じゃあうちの案内送るから良かったら住所おせーて」的なメールが届いて、すわ個人情報収集か!とか思いつつまあ面白いかなと思ってリアル住所教えたら(本当は「金目のものならいらねえよ!」って言われてもないくせに書いてみたかったんだけどそれ英語で何て書けばトゲなく伝わるかわかんなかったので書けなかった)今日本当にお手紙とステッカーとポストカードとパンフがAIRMAILで届いたよ白ヤギさん(´ω`)


いやね、正直言うとイルカだろうがクジラだろうが乱獲による種の絶滅のリスクがないなら基本は食べていいと思ってる人なんですよわたくし。っていうか状況次第では絶滅危惧種とか人間食べても仕方ないかなとかも思う訳ですよ(自分には無理な気がするけど)。なのでまあたぶん彼らとは相容れない思想の基に生きているんだろうなあと思うのですけれども、だからこそ、だからこそね、自分から出たナニモノかが文脈とか政治性とかから数cm浮いたままニュートラルにふわりふわりとどこかまったく違う場所に飛んでいってそこに根付くということが相手の思想に対する抵抗でもあるし自分の思想に対する抵抗でもあるようで愉快だと思ったのです。


で、あんまり関係のない話なのですが、AQUALIFEという熱帯魚雑誌を穴の開くほど読んでいた小学校の頃、「将来の夢」に冗談交じりで"水槽写真家"て書いたことがあってですね(恥)、水中写真じゃないのが我ながら笑えつつ、なんか当たらずとも遠からずな生活をしているのだなあと感慨を抱くわけです。


とこんなことをつらつらと書いていたら、高校生の時に何気なく読んでいた夕刊に載っていた芦田淳の「若者の背中」と題したコラムで

デザイナーのかけ出しの時、デパートの自分のコーナーで服の飾りつけをしていたら、中年の紳士が寄って来て「君は今まで良い仕事をしているね。これからも頑張りなさいよ!」とだけ言って去っていった。その言葉が今でも忘れられない。こちらは感じていなくても、多くの目が黙って自分に注がれているということを知った驚き。喜びで胸が熱くなったものだ。以後、私は常に背中を見られているという思いで仕事に打ち込んだ。あの声が、今日まで私を育ててくれたように思う。


私は、人生は大変にロマンティックだと思っている。自分で想像するより可能性は無限なのだ。とかく見えるものだけが自分の領域と考えて小さな世界を築きがちだが、背中にはもっと違う未来が隠されているのではないか。見えないだけに大きくて計り知れない。夢と希望に満ちあふれているといえる。


どのような時代でも、暖かいまなざしを持った人たちが、いつでも、どこにでも大勢いて力強く後押ししてくれると思うのだ。
私は若い人たちに言ってあげたい。あの紳士のように。
「君の将来は輝いているのだよ」と。「それは君が信じるか信じないかによって決まることではあるけれど…」と。

1997/12/27 日本経済新聞夕刊『あすへの話題』より


と書いておられて、コドモゴコロに「ああ、いいなあ」と思ったのをふと思い出したりもしたのでした。
でもこの紳士ってまんま内田樹の言う「ライ麦畑のセンチネル」だなと。


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きみの将来も輝いているのだけど信じるか信じないかに関わらずそこにはのぼっちゃだめだぞ。@いおワールドかごしま水族館 | ジンベエザメやサツマハオリムシなど錦江湾から南西諸島の生き物500種3万点を展示する鹿児島市の水族館、いおワールド。


しかしまあぐだぐだ言う前にもっと写真の腕上げないといかんなあ。